ぐるぐる

保毛尾田保毛男の件でなんだかテレビに出てる人が本気で議論している。

私もリアルタイムでとんねるずの番組を見ていて、保毛尾田保毛男が出てきたところを見た。あんまり見てていい気がしないからすぐに消したけど。

そのあと保毛尾田保毛男は差別なのではないかと騒動になった。それがまさかそんなに盛り上がるとは。この議論はただの「ブーム」であってはならないなあと思いつつ、ブームで終わってしまう気もする。

なにが言いたいわけでもなくぐるぐる考えてるだけ。私は当事者だけど、保毛尾田保毛男を非難する必要はないのかなと思う。あれはああいう芸と、理解できるし受け入れられる。ウーマンラッシュアワーの村本のツイートがとっても興味深くて、なんだかファンになった。

 

私は死ぬまでずっと考えているんだと思う。今までそうだったから。他の人がそのことについて考えるのをやめた時も、もういいんじゃない?って言った時も、これからも毎日考えているんだと思う。それは私が当事者だから。私は私に関係あることを考えることをやめられないから。

 

私は、ずっとこれについて考えてる自分がきっと好きだ。

うん。今はそう思える。すぐになにもかもどうでもよくなって、消えてしまいたくなるかもしれないけど、今はそう思える。

 

今日も「バイセクシャル?キモ」という会話を聞いた。こんな世の中なんだよ。LGBTはそうでない人に比べて自殺率何百倍も上なんだよ。本当か知らんけど。

 

でもセクシャルマイノリティじゃない村本のおかげで、頑張ろうって思った。あと、有名な人たちでも難しいって言ってて安心した。私が考えても考えても途方に暮れてるのは多分そんなに間違ってないのかなって思った。

 

ありがてえ。

 

おわり。

 

 

 

 

カミングアウトレターズ②

「君は立っているのが不思議なくらい」

昔大げさな医者に言われた言葉。ただの貧血。

 

Hbが、だんだん下がっていくことに気づかない。急にこの値になったら立っていられないくらいの異常値でも、徐々に下がれば立っていられる。走ることもできる。息が苦しいことが普通になる。

 

面白いなと思った。なんか、同じだなと思った。

ずっとそうだから、気づいたらそうだったから、相変わらず苦しいけど、これが普通。

慣れってやつだ。

 

 

カミングアウトすると、世界が変わる。

これは本当。本当だよ。

どれくらい変わるかというとね

 

そうだなあ。

海で溺れてるときに、空気が吸える穴がとつぜん出てきたみたいに。

 

それはそれは、楽なもの。

 

そうだ、わたしがカミングアウトについて言いたかったことは一つで。

 

これを言い忘れたから②を作ったようなもんで

 

それはつまり周りに恵まれたということで、

いつもありがとうということです。

 

 

 

 

 

 

カミングアウトレターズ

先日休みが平日にあったので読んできました。カミングアウトレターズ。結構読むのが大変でした。大変というのは文字が細かいとかではなく、精神的にということです。涙で全然進まなかったのでついに借りてしまいました。

 

借りてきて家に放置して、平日は家を出て帰ってきたら人が入った形跡。結構ヒヤヒヤするものだと持ち帰って始めて知りました。見られたら人生が終わる爆弾を持っているのと同じ気分です。そういえばこのブログもなんとなくで書いてるけど、これも見られたらもう全部終わっちゃうんだなあ。

 

さて。息子にカミングアウトされた母親の手紙で、人を殺してしまったと言われたみたいに怖かった。という表現がありました。人を殺してしまった。私も友達にカミングアウトする前に、もし私が殺人犯といったらどうするときいたことがありました。それはその場の、なんとなくの思いつきで言ったんじゃなくて、私にとってカミングアウトとは、人を殺したことがあるんだと言うのと同じようなものでした。それくらい私には重かった。でもそれを言われる親の方もそう感じるくらい重いということがこれを読んでわかりました。

この本を読んで涙が止まらなかった文が1つあります。それは息子にカミングアウトされた母親の言葉でした。

「なぜ子孫を残す役割のために生まれない人達がいるのか答えがあるのだとしたらそれは人生の不思議さや豊かさ、可能性を人類が学ばなければいけないからじゃないか」

こんなことを言ってくれる人もいるんですね。当事者が言うのではなく、これを非当事者が言っているということに涙が出ました。この本を読んでよかったと、今はそう思います。

 

 

いいことを教えてやろうか

なんだか自分だけが辛いみたいな記事を書いてしまったな。反省。

 

とりあえず落ち着こう。

 

みんな大変なんだ。そして、一気に難しいことからやろうとするからいけない。できることから、できることから。

 

 

そういえば2ヶ月前にここに書いた、悩んでいたことってのは今は平気になった。できることからやったからかな。わからないけど、1日に一言以上、人と会話を交わすようになった。意外と短い期間で思いっきり環境が変わることもあるなあ。

 

ふぅ。落ち着こう。

 

 もしもボックスが欲しいのは、私がないものねだりばかりだからかな。

 

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糸井重里の生きている人はっていう文。良いなあ。やはり読んでよかった。私は、ことばの力みたいなものを、少しだけ信じている。

 

いいことを教えてやろうか。

いつだっておれは負けそうなのだ。

安心させてやるよ

おれは、いつだって壊れそうだ

もろく崩れそうだ

 

 

 

少し、元気が出た。

 

 

 

 

 

 

わからなくなったら、口角をあげろ

 

 

大切な言葉になりそうだ。

歳を重ねるにつれてこの辛さがひどくなってきたなあくらいには思っていたけど最近は特にひどいな、1日単位でひどくなってる気がする。気をぬくと泣いてる。前はここまでじゃなかったのにどうしてだろう。多分、もう時間がないからだろうな。困ったな、困った。

自分を傷つけたくなくてダラダラダラダラここまで来たけどもう無理なんじゃないかな。ってなんとなくわかってる。頑張らなきゃやばい、頑張らなきゃやばい。女性にならなきゃちゃんと。女なんだから、女らしく。もっと視野を広くとれたらいいんだがな、嫌だという感情が邪魔をして、色々と見えなくなっている。大事なことを忘れている気がする。

 

大好きな無料漫画に、精神的に向上心がないやつはバカだと思うって主人公が自分に思うシーンがある。

 

本当に、そう思う。

 

中途半端。自分を否定するための努力も、受け入れる努力もしてない。なれないものを、ただねだっているだけ。どっちにもなれない、病気にもなれない。認める勇気もない。

甘いなあ、自分。甘いよ自分。努力しろよ。みんな嫌なんだってさ。化粧も女性らしさを求められることも。嫌なのは同じなんだってさ。だから、私が自分に甘えてるだけなんだよ。ほんと、くだらないよなあ。こんなに自分に甘い人間いるのかなあ。馬鹿みたいだなあ。みんな嫌だけど頑張ってるんだってネットに書いてあったよ。だから、お前も頑張れよはやく。変える気がないのかな、変わる気がないんだろうな。それは甘ったれだと、自分に思っていれば誰かに許されると思っているんだろうな。毎日自分にがっかりして、がっかりしてれば、誰かが許してくれると思ってるのかよって自分を責めて、責めれば責めるほど、自分に甘えてることに気づいて、その繰り返し。

 

ほんとうに、みんなこんなに嫌なの?こんなに苦しいの?私はどうして、こんなに嫌なの?自分に甘いから?努力してないから?行動しないから?

病気じゃないなら、ほらはやく。でも病気って言われたのなら、もう努力しなくていいのかなあ。

毎日毎日毎日毎日検索しても、結局自分のことがよくわからない。わからないままでいたいから、わからないのだろうか。

 

私はどうしたいんだろう。

 

想像できることは、実現可能なことらしい。

想像できることだよ。じゃあ実現可能なことなんだね。

でも。

想像すると同時に、自分がいなくなるのはどうして?閉じ込められる気がするのはどうして?今よりもっともっと、自分が遠くにいる感じがするのはどうしてなんだろう。

1日の半分、頑張ればいいだけ。12時間だけ、女性らしくして、あとは戻ればいい。1日の半分、つまり、人生の半分。

 

 

たったそれだけ、自分を閉じ込めるだけで生きやすい世界だ。

 

 

生きていける気がしないから、もう消えたいなんてまったく大袈裟なんだから、たかがそれだけでしょ?頑張れはやく。もっとはやく。

 

苦しいとか言ってる暇あるなら、

頑張れ、努力しろ、甘えるな。逃げちゃダメだよ。逃げるなよ。 

 

 

 

 

 

助けて。

 

すぐに行けるよ なぜなら僕は

今日はBUMP OF CHICKENの時空かくれんぼについて書きたいことを書いていこうかな。


この間、頭に鳥のフンが落ちてきた。
運がつくね、なんて嘘だと思ってたけど運が良い日でした。まあ、自分がそう思おうとしただけかもしれないけど。なぜそう思ったかと言うと、時空かくれんぼについて本人が言及している文を見つけることができたから。ずっと探してたけどまさか飴玉の唄について調べていたところで見つけるとは。

http://www.tfm.co.jp/lock/bump/orbitalperiod/080108.html

世の中に逃げ場はない。
世の中に逃げ場はある。


ああ、よかった。わたしがこの歌詞について考えていることと近いかもしれない。言葉にできないというのも、なんとなくだけどわかるような気がする。私は自分のことを責める私から逃げ出す歌に聴こえたからそう聴いていた。解釈はきっと、人それぞれなんだろうな。

もういいかい
もういいよ

隠れている側が言う「もういいかい」
探す側が言う「もういいよ」

本来かくれんぼでは

探す側が言う「もういいかい」
隠れている側が言う「もういいよ」


なぜこの歌は逆なのだろう。

私には、「もういいかい」が、隠れている人を探すときの言葉ではなく、逃げている私が私自身に言う、許しを請う台詞にも聴こえる。それは私がいつも私から逃げているからなのかな。。でもこれだけで考えるとこの歌には少し矛盾が生まれてくる気もする。ラスサビの前は普通にかくれんぼしているように聴こえるからだ。ダブルミーニングなのか、もはや全然違う意味なのか。

ダブルミーニングといえばもう一つ。
もういいかい 過去『もういいよ』今
これもなんか不思議だよね。

①「もういいかい過去」by未来 「もういいよ今」by過去
②「もういいかい」by過去 「もういいよ」by未来

私は②だと思うけど、もしかしたらもっと他に意味があるのかもしれないな。わかるようでわからない。私にとって、そんな歌。わからなくても、大好きな歌。

 

このサイトを見て、曲の印象が少し変わった曲もある。

メーデー」と「ハンマーソングと痛みの塔」。

ハンマーソングはあまり変わってないか。でも少し変わったかな。ズドーンて感じ。これ聴くと人によって立ち位置が分かれるのかな。悲劇のヒロイン側と、そんな人に歌いたい側と。

私は悲劇のヒロインに浸ってんじゃねーぞって言われてる気分になるから悲劇のヒロイン側だ。でもこれはきっとそんな人に歌いたい側の歌なんだろうなってこれを読んで思った。

どちらにせよ、そんなに高いところで殻に閉じこもってないで、お喋りしようぜという歌だっていうのはちゃんと汲み取れてはいたんだけどね。

今まで、そんな大切な人に歌いたい側として聴いたことがなかったから、これを読んでなんか意外だったのかもしれない。でもとても納得。

まあ確かに大切な人がそんなところにいたらそりゃふざけんじゃねーぞって思うもんな。そんな塔を積み上げてないで、一緒にお話ししようって思うもんね。


メーデーはだいぶ変わったかなあ。
文字に起こすと、なんか小さな変化かもしれないけど。僕が君を助けるよという歌だと思ってた。でもやっぱり、自分を助けられるのは自分しかいないという意味の歌らしい。これ聴くだけで私の中でだいぶ違う歌になった。楽しい楽しい。

そう、こういうのを見つけられたから、だから運がよい日だった。時空かくれんぼのことについて読んだとき、なんだか泣きそうになった。今もだけどね。歌詞を見てるだけより、曲を聴いてると泣きそうになるんだよな。

 

世の中に逃げ場はない。
世の中に逃げ場はある。

隠れる場所は いつであろうと 僕の心の中だったけど 君を見つけて 君に隠すよ ずっと探さなくてもいい かくれんぼ

このフレーズだけで、私はこの曲が大好きだ。
私にとっての「君」、思い当たる人がいることをとても幸せに思う。たとえ解釈が間違っていたとしてもね。

楽しかったからまたなにか曲について思うことがあったら書こう。読んでくれてありがとう。

 

 

 

 

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ここからは全然関係ないけど

トランプが当選したね。

LGBTかあ。

コンバージョンセラピーの支持。すごいな、人間じゃないみたい。

心が痛いな。ここはアメリカじゃないけど。

痛い痛い痛い痛い。

どんな記事を読んでも泣きそうだ。

 

 

 

 

つべこべ言わずに

いろいろ考えると気分が沈みすぎて、電車でお腹痛い人かと思うくらい猫背になってしまう今日この頃。全然お腹は痛くないのにな。

 

出来ることからはじめてみようかなあ。

 

まずは挨拶をしてみましょう。
出来たら1日に一言喋ってみましょう。


今日はできたよ。気持ちがよいね。

考えるのはあと、とりあえずやってみよう。

このままずっと考えてたら目の前が真っ暗になっちゃう。

 

なんとかなるよ。

わたしはいつもなんとかしてきたから。